靴に願いを。

昨日は久しぶりに出かけてみた。

街の中は、4月7日の地震で追い打ちをかけられて
結構ガタが来てる建物もちらほら。。。
窓ガラスが割れてなくなってたり、壁が崩れ落ちてたり
亀裂が走っていたり。。。。。心配だな。

地震後から全然買い物してなくて
買い物といえば「食料」だったここしばらく。(^_^;)

やっと仙台も暖かくなって来て
春めいた天気も続くし春物が欲しい!の物欲がムクムク。。。

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靴、買っちゃった。

地震の前の日常を日常として取り戻しつつあるけれど
自分だけ、いいのかな、、、って思ったりもする。

時々、石巻で見た光景が頭をさっとよぎったり。

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新しい靴を買うといつも「オズの魔法使い」の魔法の靴を思い出す。
かかとを鳴らせば好きな場所に連れて行ってくれる、魔法の靴。

ドロシーはかかとを3回鳴らして
「おうちが一番おうちが一番」
って願うんだったかな。

みんながかかとを3回鳴らして、おうちに帰れればいいのにな。。。


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# by tori78 | 2011-04-14 13:42 | つれづれ

どうする、タオさん

昨日は震災から1ヶ月。

復興も進まないし、原発は恐ろしいことになってるし
なんだかいろいろで頭が痛くなって来るー

ちょっとタオさん、どうしたらいいのよーーーー


「そんな時はシェルターに」
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「逃げろーーー」
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丸っ
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「あれ、入りきらない」
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「ダメだこりゃ」
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なんて、ふざけてる場合じゃないよね、この状況。

困ったねぇ。困ったねぇ。
困ったーーーーー(ノД`)
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# by tori78 | 2011-04-12 12:08 |

311のつぶやき

あれからもうすぐ1ヶ月かー。
なんか色々あったような。細かい事はよく覚えてないなぁ。
だからブログつけてるんだけど。

本震より大きい余震はないから、
もうあれ以上大きい地震は来ないよ、大丈夫

なんて言って励ましてくれた人もいたけど
4月7日の余震ももはや本震かと思うくらいでかかったし
とにかく気が休まりません!

家の前のバス通り、バスが通る度に遠くから聞こえるエンジン音が
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」って地震の地鳴りによく似てるので
いちいちビクっとなって疲れるのーーーー(ノД`)

3.11のTwitter。自分のつぶやき。
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地震前(白)と地震後(赤)で世界は変わっちゃったなー。
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# by tori78 | 2011-04-09 20:27 | 東日本大震災

3月28日/石巻へ

3月28日。
叔父と一緒に石巻へ行って来た。

避難所にいる親戚、自宅に避難している親戚に物資を届けに。
それから浸水してしまった叔父の家の様子もチェックしに。

友人達がたくさん送ってくれた救援物資も持って行った。
加えて、あるボランティア団体の方から
「全国から届いた救援物資を石巻へ少しでも持って行ってもらえれば」
と声掛けしてもらえたので、必要なものを色々いただいた。
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倉庫いっぱいの救援物資!ぞくぞくと運搬されてきているとのこと。
ただ、これを被災地へ運ぶルートがあまりなくて困っているみたいだった。

道中、ずっと自衛隊のトラックと一緒だった。
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石巻には日本製紙の工場があった。
そこから流されて来た紙の材料の材木がいたるところにたくさん。
流れて来たこの材木によって破壊されてる建物もあった。
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石巻専修大学内のボランティアセンターへ。
叔父の家の庭に山のように流れ着いた瓦礫の撤去をお願いしてきた。
が、いつ来れるかはまったく見当がつかないとのことだった。
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自衛隊のキャンプ地。
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町のいたるところに、水をかぶってしまった家具や家電が山積みにされている。
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とにかく、ヘドロとゴミだらけ。
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親戚が避難している公民館。
この日の時点で120名程がここで避難生活を送られているとのことだった。
わずかだけれど、毛布や食料、乾電池やティッシュを届けた。
120個入りのわかめスープがとても喜ばれた。
ずっと同じ白いご飯ばかりだと、飽きてしまうんだと言っていた。
毛布は足りているようだった。
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日和山神社の鳥居。
今年のお正月、家族でここにお参りに来た時はこんなことが起こるなんて
誰も想像していなかった。鳥居の向こうの景色が、一変してしまっていた。
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お花が供えてあった。日和山の麓は壊滅的。
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なにもなくなってしまった。
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公園の案内図。神社と公園のあるこの場所は
春になると桜と、眼下に広がる太平洋が見渡せるのどかなところだった。
今見える景色が本当に嘘のよう。嘘だったらいいのにと思った。
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福岡赤十字の方たちが来ていた。
この町がどんなかを見てから、作業に入るのかな。。。
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家が。。。
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ここはまだ祖母が生きていた時、よく買い物に来ていたスーパー。。。
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囲みだけが残っている。
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ジャングルジム。
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ここは天ぷら屋さんだった。
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この地区には私の親戚も住んでいた。
近頃は全然交流がなかったので記憶が鮮明ではないのだけれど、
子供の頃はよくお年玉をくれていたお茶屋のおじさん。
その日、ひとりで家に留守番していたおじさんが津波に流されてしまったのだと聞いた。


帰りの車から見た夕日。静かな夕日。
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ショックを受けるだろうと覚悟して行ったつもりだったのだけれど
行ってみて実際感じたのは「呆然」という感覚で
ショックを受けるというのとは少し違っていた。

見た事のなさすぎる景色に
頭がついていかない、というのか
何が起こったのかよくわからない、というのか、、、
うまく言えないけど、信じられなかった。

何をどうしたらいいのか、本当によくわからないけれど
目の前のことを少しずつやっていくしかないのだろうな。
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# by tori78 | 2011-04-05 15:45 | 東日本大震災

地震/私の被災生活その8

記録は続くよ。もうちょっと。

今回、本当に本当にたくさんの友達に助けてもらっていて
なんとお礼を伝えたらいいのか、感謝してもしきれない程。
これは忘れたくないので、記録しておきたい!

レターパックで荷物が送れるとわかってからすぐ、救援物資を送ってくれた。
東京から、秋田から、福島から。。。ありがとう!!!
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小さな袋のはずなのに、中身を開けたらこんなに!
駆使して詰めてくれたんだねぇーー!ありがたい。。。!
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元スタッフE氏にもずいぶん助けてもらった。
実家の福島を行ったり来たりする間に、ガソリンを調達して届けてくれたり。。。
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物資もいろいろ運んでくれました。ありがとう!

夜中にこっそりやってきて救援物資を置いて行く、
まるでサンタクロースのような友人にも何度も助けられた。
本当にありがたかった。

東京時代にお世話になっていたレストランのご夫婦も
「なんでもいいから言ってごらん!」と電話をくれた。
電話の声を聞いたらなんだか泣けて来ちゃったなぁ。
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「ふじっ子」がたくさん入ってておかしかった。笑

仙台の友達も、「牛乳とバターが手に入らない」と嘆いていたら
「○○スーパーなら買えます!」と買っておいてくれた!
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↑この3点はこの頃、「手に入りにくいものベスト3」だった。ありがたい☆

専門学校時代からの友達も、アパレルパワーで
避難して来た叔父のために衣類をたくさん送ってくれた。
「なんだか洒落た服がいっぱいだ!」と父/叔父も嬉々としていたよ。
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私の大好きなお菓子も入っていてすっごく嬉しかった!!ありがとう!
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「余った分は他の困ってる人にあげてね」と
段ボール2箱分も救援物資を送ってくれた友達も。
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こちらは、石巻の避難所、親戚へも届けました!

親戚に物資を届けに行った時、
裏の家のお母さんが津波で亡くなったんだと話していました。まだ40才だったのに、と。
残された家族のために、この食材が役に立つと思う!と言っていました。
たくさん送ってくれて、本当にありがとう!

元スタッフTさんも、ホームベーカリーを駆使して
せっせこパンを焼いては届けてくれました。
なかなかパンが手に入らなかったので、すごく嬉しかった!
我が家にあるレーズンと小麦粉がパンになって帰って来た時は魔法みたいだった!
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↑救援物資でもらったプルーンを入れてもらったプルーンパン☆

シャンプーを送ってくれた友達も。。。
贅沢品なのに、、、!!本当に本当にありがとう!!!
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野菜不足を心配して、山盛り野菜ジュースと青汁!を送ってくれた友達も!!
石巻で野菜ジュースを欲しがっていたので石巻へも届けたいと思っています。
(数本私もいただいてしまいました!!)
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遠く離れたサンフランシスコからも!
いてもたってもいられない!という感じで物資を送ってくれた!
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サンフランシスコから讃岐うどんが、、、!そしてタオちゃんのおもちゃまで!
すごいです!ありがとうありがとう!!

他にも、「何か困ってる物はないか」と声をかけてくれた友達もたくさん。
心配に思ってくれていることだけで、ありがたく気持ちがふんわりあたたかくなりました。
ありがとう。気にかけてくれて。感謝感謝です。

地震から3週間が過ぎようとしている今、
仙台の街はだいぶ復旧してきて、百貨店も開くようになりました。
なので、物資に関しては足りるようになりました。

先日、石巻へ行ったときも、入りやすい場所の避難所については
物資が足りているような印象でした。

まだ、行き届いていない場所があるのかもしれませんが
そこまでどうやって届けたらいいのか、
集まって来た物資はたくさんあるけれど
それをどうやって分散させたらいいだろう、、、
集めるた物資をどう運ぶ??というステップで困っているという感じがします。

こんなにみなさんに親切にしてもらって、本当に感謝しています。
すごい友人達を持ったものだと、誇らしい気持ちでいっぱいです。

わたしにもできることって何があるのか、考えます。
なにができるか、どこまでできるか、わからないけれど、
みんなから、こんなにもらった親切を、
自分も誰かに返せるように動いていけたらと思います。

ありがとう!
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# by tori78 | 2011-04-02 19:59 | 東日本大震災