地震/私の被災生活その7

また被災生活の記録。
写真でざーっと振り返る。

3月17日の朝、また友達が救援物資を届けてくれていた。
今度は山形まで買い出しに行ってくれたんだそう。。。
自分だったら同じ事が出来るだろうか。本当に、ありがたい。
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この日はしんしんと雪が降る。
大粒の雪がみるみるうちにどんどん積もって行った。
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友達が6日間お風呂に入れていない、というのでお風呂に呼ぶ。
友達は多賀城から来たのだが、そちらはまだ水が出ていないとのこと。

父、母、叔父、私、友達とで昼食に昨日作ったカレーを食べる。
普段なら、まずない顔ぶれだろうけど、こういう時はなんでもあり。

この日は夜に、ご近所の友達親子も入りに来た。
「お風呂もらいにきました〜!」
とやって来て、風呂上がりにお茶飲みしながら少ししゃべって。。。

なんか、懐かしい感じ。
不便で嫌なこともあるけれど
こういう温もりは普段はあまり感じられないかも。



翌日の朝ご飯。
まともな朝ご飯を食べられていることに感動。
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昨日とはうってかわっていい天気。
キラキラの雪の上で遊ぶタオさん。
地震後、猫の存在にだいぶ癒されている。。。
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散歩の途中できれいなツララを見つけた。
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ポカポカ暖かくて、町は一見すると本当に地震があったのかと思う平和さ。。。
多少の不便はまだまだあるものの、私の住む地区はもうすでに、
少しずつ日常を取り戻そうとしているのを感じる。

スーパーへ3時間並んだ父と叔父が帰って来た。
だいぶ食材も増えたようで、こんなにたくさん買えたそうだ。
野菜類は入荷があり、その他のものは在庫のものを売りさばいているようだった。
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↑こんなの、スーパーで普通に買い物した量だと思うかもしれないけれど、
こんなに買えるって、ちょっとした感動もので
みんなの一番の関心ごとは「食料の調達」だった!

満月がきれい。
19日は月と地球が最接近する「スーパームーン」だったとのこと。
私はギリギリまでこらえていたのだけれど、、、結局眠気に負けてしまった!
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夕食。地震の前から冷凍庫に眠っていたかさごの煮付け。
普段から母が冷凍食品を貯め込んでいたのが功を奏した。
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早くに電気が復旧していた地区に住む友人へ預けていたため腐らずに済んだ。

まさかこんな中で、かさごを食べるとは思わなかった。。。
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# by tori78 | 2011-04-02 18:48 | 東日本大震災

3月15日/石巻の被災状況

父が叔父を探して石巻へ行った3月15日。

記録のために父が撮って来た写真。
UPしてみる。


流されて来た車や木っ端だらけ。道路も泥だらけ。
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叔父の家。幸い、流される事はなかったが、
庭一面が瓦礫の山。これをどうしたらいいのか途方に暮れる。
遺体が発見される可能性もないわけではないから
瓦礫の撤去は自衛隊がやるとかいう話もあるが。。。
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玄関。津波の跡が残っている。この高さまで浸水した。
家の中の家電製品は全滅。
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道路がこの有様で車では通行できない。
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石巻は石ノ森章太郎の町。
右手に見える白い建物、石ノ森萬画館へ延びる橋には車や船が。
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町の中にも船が。
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とにかく、めちゃくちゃ。ありとあらゆる物が流されている。
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# by tori78 | 2011-04-01 16:41 | 東日本大震災

地震/私の被災生活その6

今年はよく雪が降る。
それでも地震前は、雪は降るけど積もらない事が多かった。

なのに、地震のせいで地軸がずれでもしたのか?
本当に雪がよく降るし、そして積もる。
もう3月も半ばなのに!
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避難所は凍える寒さだろうに。。。

被災生活では、Twitterがすごく助けになってくれている。

東京に比べたら人口も少ないし、
Twitter人口ももちろん少ないのだろうけれど
それでも、地元の情報をちょこちょこ得ることができる。

○○スーパーは開いている
○○温泉は店を開けているそうだ
○○に給水車が来ている

などなど。

それになにより、友達に会いに行く事もままならない中で
離れた場所にいる複数の友人とコミュニケーションが取れる
というのはとてもとても心強かった。

中には「○○ケーキ屋が開いている!」というTwitter情報もあって
たまたま歩いて15分くらいの場所だったので急いで行ってみた。

こんな状況下でまさかケーキ屋が開いているとは
誰も思わないらしく、お店は空いていた。
私もTwitterで見なければ思いもつかなかった。

店の扉を開け中に入った瞬間、ケーキの焼ける甘い香りに包まれて
なんだかものすごく感動してしまった。

ショーケースにはチーズケーキとモンブランだけが並んでいた。
そして、ちょうどホワイトデイに向け作り貯めていたという焼き菓子がたくさん。

友人たちにも分けてあげたくて
気がついたら結構な量を買ってしまった。
でも後から来る人が何も無くてがっかりしないように
買い占めはしなかったよ。

昨日まで避難所生活だった叔父は
ケーキが出て来てものすごく驚いていた。
私達も、特別な気持ちでケーキを食べた。



この日撮った写真。

ヒビ割れる道路。
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スーパー。毎日長蛇の列。平均3時間待ち。
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朝降った雪がロールケーキのようになっていた。
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この日は家にあった食材を駆使して、カレーを作った。
ブラウンマッシュルームやら豆の缶詰やら冷凍してあった鶏肉やらを入れた。
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# by tori78 | 2011-03-30 11:14 | 東日本大震災

地震/私の被災生活その5

被災生活5日目。

地震直後に浴槽に貯めていた水が底をつきてきたので
水を汲みに出かける。トイレを流す水がない。

ちなみにトイレだけれど、
タンクに水を貯めてから流そうとするとものすごく水を使う。

なので、バケツから直接、トイレに流し込む方が少ない水量で流せる。

という事を私はこの震災ではじめて知った。
なんて思ってたらちゃんとTOTOも説明してたんだね。。。知らなかった。
断水・給水制限・停電時のトイレ使用について

母と私で水を運んだ。
母はあまり重いものは持てないのでキャリーケースにペットボトルを詰めて運ぶ。
私は10リットルタンクを2つ、キャリーカートに積んで運んだ。

蛇口から普通に水が出ている道路一本向こう側の地区。。。
ものすごく先進的に感じる。。。。
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実際、水を汲ませてもらった友人宅のお母さんは
化粧もきちんとしてたし、髪もきれいにしてあった。
家もきれいに片付いていて、普段となんら変わりないように見えた。

重たい水をうーうー言いながら運んでいる途中でふとひらめいた。。。
我が家のお風呂って、、、灯油で沸かしてたんじゃなかったっけ。電気は来たし。
ん?ていうことは浴槽に水さえ入っていれば沸かして入れる?!?

お風呂に入れず4日が経って不快感でイライラしてた私は
何がなんでもお風呂に入りたい!というお風呂への執念で
4往復し、やっとお湯が沸かせるだけの水を貯めた。
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これでお風呂に入れるーーーーー!!!と思っていたら

「あれー水出てるよ!?」

と母の声。。。
蛇口をひねってみたら

なんとーーーー
水、出てるーーーーーーーーーーーーーー
なんだったのーーーこの努力ーーーーーーー!!!!!

。。。でもでも
水が出ることにただただ感動。。。
ありがたいよぉぉ。。。。。嬉しいよぉぉぉ。。。。

4日ぶり。
水圧が弱くてシャワーは使えなかったけれど
浴槽から汲んでお湯を浴びた。頭も洗った。
ものすごく気持ちが良かった。
すっっっっっっきりした。

4日ぶりのお風呂は
ハゲるんじゃないかと思うくらい髪の毛が抜けてびっくりした。

お風呂に入れるなんて当たり前だと思っていたけど、
本当に本当に幸せなことだったんだ。

女ふたり、水汲みをしている間
父は何をしていたかというと、、、、、、

石巻の叔父とはいまだ連絡が取れずにいた。
Twitterで呼びかけたり、東京の友達から石巻の各避難所の名簿の画像を
iPhoneに送ってもらったりして探したりもした。が、見つからず。
電話をかけてももちろんつながらず。。。
時間だけが過ぎて行くし、
数日前からテレビには遺体安置所の案内が出るようになって来ていた。。。

遺体安置所。。。
。。。これは、遺体安置所へも探しに行かなければいけないのでは。。。

嫌な不安が頭をよぎり始めた頃、
石巻まで車を出してくれる、という方から連絡をいただいて
この日の朝、父は叔父を探しに石巻へ向かっていた。

父は数カ所の避難所と、それから、遺体安置所へも確認に回ったそうだ。
遺体安置所では50体ほどの遺体を確認したと。
「怖い」という思いは不思議となかったと話していた。
津波の前までは同じように生きていた人たちなのだから、と。

避難所では、やれあそこにいるはずだ、だの、いやあっちにいたはずだ、だの
情報が交錯していたそう。あの状況で、確かな情報なんて無理なんだろうけど。

そうこうするうちに、実家からほど近い避難所へ。

そこの駐車場で車に寝泊まりして避難生活を送っていた叔父を見つけた。

夕方、無事帰って来た父の後ろに叔父の姿を見た時、本当に安堵した。
いつもと変わらないおどけた調子で、元気そうだった。
あぁ、、、本当に、良かった。。。。

電気が灯っている事。
水が出る事。
温かい食事が取れる事。
すべてに感動する叔父。

そして今日やっと沸かせたお風呂に入り
体をまっすぐにして眠れる!と感動しながら、叔父は就寝。

叔父はそれから我が家で避難生活を送っている。

あんなに再会を喜んだくせに
狭い我が家に60すぎの大人が3人になり
あーだ、こーだと口うるさく言われると
喜んだのもつかの間、煙たく思う瞬間があるのも正直なところだけれど
でも、煙たがったりできるのも、口喧嘩できるのも
生きていてくれたからだと、そう思う。
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# by tori78 | 2011-03-30 01:34 | 東日本大震災

地震/私の被災生活その4

被災生活4日目。

びっくりしたのは新聞が届いていたこと。
こんな時でも新聞って届くんだ。。。すごい。
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胸の締め付けられる一面だった。。。悲しい。苦しい。

でもびっくりしたことがもうひとつ。
新聞を取ったその後、玄関を開けるとそこに救援物資が!!
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地震が起きたその時に、たまたま新潟へ旅行中だった友人が
仙台への帰り道、地震の被害を受けなかったスーパーで物資を購入し、
夜中のうちに届けてくれた。。。感動。
不安で心細い気持ちが、ふわっとほぐれる。本当に、ありがたい。
(その友人、ほかにも30人程にこうやって物資を届けてくれていた!)

まだ電気が復旧していないので、携帯を充電するために
電気が通っている友人宅へまた行く。
Macbookも一緒に持って行く。こちらも充電しておくと
携帯の充電が切れたときにMacbookから充電できるから。

そして、ついでにテレビも見させてもらう。
画面に映るのは相変わらず悲惨な津波の情報。。。

そして、画面に「遺体安置所」の案内が出ている事に気がついた。
叔父の安否はまだ確認できていなかった。

この日の午後には変わった来客があった。
飲み会で1度しか会った事がないのに、
近くまで来たから、といってやってきたその彼は、
飲み会の席では酔っぱらった姿しか見ておらず、
正直一体どんな人なのかもさっぱりわからなかったのだけれど、
気が付けば何故だか、父、母、私と一緒にテーブルを囲んでお茶を飲んでいた。

なんだかすごく変だけど
でも、地震後は友人にも会いに行けずにいたし
余震に怯えながら不安な気持ちのまま過ごしていたので
なんだか気のいい兄ちゃん、という感じのその彼が
どーんと構えて、お気楽に笑っているのを見たら
なんとなくホッとした。

でっかい体で、それで来たの?!という小さな折りたたみ自転車に乗って
また颯爽と帰って行った。おかしな来客。

震災後は、誰か知ってる人に会える、というだけで嬉しく、心強いものだ。

その後は水汲みに。
我が家から道路を一本挟んだ向こう側の地区は
なぜだか地震後も一度も止まる事なく水が出ていると聞いたので
徒歩2分のところに住んでいる小学校時代の友人宅を訪ねてみる。

友人宅を訪ねるのはいつぶりだったろう??
まさかこんな形で再会を果たすとは。。。
友人のお母さんが快く水を汲ませてくれた。ありがたい。。。
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水を汲んで帰って来て、そろそろ夕方になるという頃
もしかしたら?と思ってブレーカーを上げてみた。

ら!!

つつつつ点いた!!!!!!

電気が点いたーーーーーーーーーーーー!
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明るいってすごい!
電気が点くってすごい!!!
見えるーーー!夜が来ても怖くない!!!!!

電気がこんなに嬉しいもんだって、知らなかった。。。。

人のあたたかさと、電気のぬくもりに包まれる、そんな一日だった。
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# by tori78 | 2011-03-29 23:32 | 東日本大震災